<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?><feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom" ><generator uri="https://jekyllrb.com/" version="4.4.1">Jekyll</generator><link href="/feed.xml" rel="self" type="application/atom+xml" /><link href="/" rel="alternate" type="text/html" /><updated>2026-03-28T00:20:45+00:00</updated><id>/feed.xml</id><title type="html">chitose.org</title><entry><title type="html">2026年の雑記</title><link href="/2026/01/01/misc.html" rel="alternate" type="text/html" title="2026年の雑記" /><published>2026-01-01T00:00:00+00:00</published><updated>2026-01-01T00:00:00+00:00</updated><id>/2026/01/01/misc</id><content type="html" xml:base="/2026/01/01/misc.html"><![CDATA[<p>2026年のつれづれ。</p>

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<p><br /></p>

<h2 id="2025年度末の雑感">2025年度末の雑感</h2>

<p>来年度も、どうにかこうにか、職業研究者としてのポストを得ることができた。</p>

<p>毎年同じことを言っているような気がするが、今年の春こそは研究職から出される可能性が高いと覚悟をして3月を迎えた。噂ではいろいろな思惑があったようであるが結果的に残留となったので、そういう噂話に振り回されずに、今年こそは学位取得に向けて業績を一気呵成に積み上げたいところである。</p>

<p>博士の学位に見合うだけのまとまった新知見をまとめ上げることができるかという不安と、遠くにぼんやりと見える目指したい未来に戸惑う春よ…。</p>

<p>自然界の仕組みはおそらく、人間が机上で考えられる程度の簡単なものではけっしてなくて、自分は時々それに畏れのような感情を覚える。私がもっともっと優秀で、フィールドワークの素養や経験を重厚に蓄積してきたのであったならば、一見乱雑で混沌としている自然現象から、何らかのストーリーを見出すことがもっとできたのであろう。残念ながらそうではない人生を歩んできてしまったので、「そんなに都合よく面白い現象は発見されない」自然を相手に、研究者としてどう向き合うかを、この春も真面目に考えていかねばならないのである。</p>

<p>2026/03/28</p>

<hr />
<p><br /></p>

<h2 id="個人サイトを更新しました">個人サイトを更新しました</h2>

<p>久しぶりに、独自ドメインの直下に置いているこのブログを更新しました。</p>

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<p><br /></p>

<p>相変わらず目立たない場所で日記を書きたいと思いつつ、最近はnoteとしずかなインターネットを使い分けてブログ記事を書いていました。</p>

<p>いろいろと思うところもあり、自分のドメインできちんと記事を公開したいなと思い返すようになったのもありまして、少しずつ他サイトに書いた記事を転載していくことにしました。</p>

<p>しばらくは、たまに思い出したように過去のエントリが遡って更新されていくと思います。</p>

<p>読んでいる人がどれだけいるのか分からない個人サイトではありますが（あまり読んでほしいとも思っていないのだが）、そんな感じで2026年もよろしくお願いします。</p>

<p>2026/02/11</p>]]></content><author><name></name></author><category term="diary" /><summary type="html"><![CDATA[2026年のつれづれ。]]></summary></entry><entry><title type="html">2025年の雑記</title><link href="/2025/01/01/misc.html" rel="alternate" type="text/html" title="2025年の雑記" /><published>2025-01-01T00:00:00+00:00</published><updated>2025-01-01T00:00:00+00:00</updated><id>/2025/01/01/misc</id><content type="html" xml:base="/2025/01/01/misc.html"><![CDATA[<p>2025年のつれづれ。</p>

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<p><br /></p>

<h2 id="ラジオのある暮らし">ラジオのある暮らし</h2>

<p>ラジオを趣味にしている私ですが、普段はradikoを使って聴取をしていました。しかし、最近カーラジオを使う機会が増えてきたのもあって、ラジオ受信機が欲しくなり購入して使う場面が多くなりました。</p>

<p>radikoってコミュニティ局はカバーしていないので、そうした局を聴くには別途ブラウザを立ち上げるなどしなくてはならず、その手間がないのが良いです。あとは、目に見えない電波が、送信所のアンテナから自分の小さな受信機のアンテナに届いているという実感が持てるのが改めて良いなあと思うのです。</p>

<p>あとは、朝の身支度をしている時間などに時報がわりに使っているのもあって、radikoだとタイムラグがあるのが地味に不便だったというのもあります。</p>

<p>＊</p>

<p>現在、仕事の都合で浜松と伊豆の二拠点生活をしています。そのため、聴く局もいる場所で変わってきます。</p>

<p>伊豆の東海岸は、私が子供の頃はどのラジオ局も電波が届きづらく（NHKとニッポン放送は聞きやすかったかも）、子供のときにラジオ趣味に目覚めなかったのもそれが一因でした。</p>

<p>しかし最近改めて聞き直してみると、TOKYO FMがとんでもなくクリアに聴こえるのですよね。なんでなんだろうと調べてみたら、テレビの地デジ化とスカイツリーの供用に伴って、送信所のアンテナを移設したのですね。</p>

<p><br /></p>
<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/PUsga11qyi4?si=wJhSkr2UrnvXeqpe" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen=""></iframe>
<p><br /></p>

<p>しかも出力は10kW！！ 他の地域FM局とは桁が2つくらい違います。カーラジオで伊豆半島を移動しながら聴取可能範囲を調べた感じでは、伊豆の稜線近くまでは十分聴こえる出力です。</p>

<p>＊</p>

<p>一方浜松ではどうかというと、最近は静岡のK-Mixとコミュニティ局のFM HARO!を交互に聞いている感じです。コミュニティ局とは言っても、時折流れるオリジナル番組以外は基本的にJ-Waveの中継局という位置付けになっています。</p>

<p>浜松の電波事情は、K-Mixは旧・西区の大平台の送信所から、FM HARO!はアクトタワーから送信されているようです。アクトタワーの圧倒的高さもあって、FM HARO!の方が心なしか受信感度が良いように感じます。</p>

<p>この1、2年はずっとJFM系列ばかり聴いていましたが、この機会にJ-Waveも聴くようにしてみようかなと思うこの頃です。</p>

<p>ラジオというメディア媒体は、その場所の受信感度で送信所との距離感や電波伝送に思いを馳せたり、コンテンツとして流し聴きしながら過ごす快適さもあって、スルメのように次第に良さがわかってくるメディアだと思います。</p>

<p>良いラジオネームが決められたら、投稿なんかもしてみたいものですね。</p>

<p>2025/11/24</p>

<hr />
<p><br /></p>

<h2 id="来年度からに向けて">来年度からに向けて</h2>

<p>来年度の職場の人事が発表になり、ようやく自分の処遇が引き続き同じ分野の研究員として続けられることがわかり、今はとにかくほっとしています。</p>

<p>私のポストはテニュアトラックのように明示的に任期が定められているわけではないものの、配属後3年を目安に他部署への異動対象者の俎上に挙げられます。その次に異動の可能性が高まるとしたら今の研究課題が終わるタイミング（2年後）だと思うので、これであと2年は腰を据えて研究に打ち込めそうです。そして、これからの2年が業績を積む正念場になるでしょう。</p>

<p>あとは、年齢的にそろそろ昇格が見えてきているものの、おそらく所内の来年度の人員配置などの都合で、それが見送られたようです。とはいえ、昇格させたいのであれば非研究職でいくらでもポストはあっただろうから、それをせずに私を研究職に残そうというインセンティブが働いた傍証とも考えられるので、期待に応えて学位取得に励まなければならないでしょう。</p>

<p>学位取得は、今とても悩ましく考えています。今はせっかく休職してD進したのにその成果はなかなか芽が出ず、その一方で仕事の方でライフワーク（＝博論のテーマ）が見つかってしまっている状態です。進捗が苦しい課程博士を再びテコ入れして頑張るか、もう博士満期退学で諦めて論文博士を目指すか、早く決断しなければいけないのですが、どうしたものか…と、なかなか結論が出せずにいます。</p>

<p>2025/03/20</p>

<hr />
<p><br /></p>

<h2 id="初の英語論文と研究への政治的圧力">初の英語論文と、研究への政治的圧力</h2>

<p>タイトルのとおりです。今日の夜には投稿処理を済ませる予定だけど、11月に準備を始めて昨日の夜に投稿に必要な全ての準備を済ませるまで、ここまで非常に長く辛く困難な道のりが続いた。</p>

<p>ここまで、共著の先生からの的確で粘り強い激励（飴と鞭ともいう）がなければ、たどり着くことは絶対にできなかっただろう。どの言葉を尽くしても足りないくらいの感謝を、この先の受理までに待つ、さらに大変な査読審査への対応でお返ししたいと思う。</p>

<p>原稿そのものは完成しているが、実はこの記事を書いている時点で一点だけ調整が済んでいない懸念材料があるので、そこだけが心配である。それは、ここではひとまず置いておく。</p>

<p>＊</p>

<p>今回初めて英語で論文を書いたわけだが、原稿は先に一度日本語で完成させて、それをChatGPTで翻訳する形で進めた。</p>

<p>LLMに0から作文させると剽窃のリスクがあるが、そうではなく自分で書いた日本語を学術論文にふさわしい英語へ翻訳させるのであれば、そうしたリスクも低いし、翻訳スキルは相当に高いので良い方法だと思う。</p>

<p>最初に一気に項目単位で翻訳させたあと、その後、もう一度冒頭から1文単位でチェックをかけて、論旨の間違いや口語的な単語の言い換えをChatGPTに質問しながら完成させた。この方法であれば、まとまった時間さえあれば、日本語で結論を箇条書きした程度の草稿を日本語原稿へ仕上げるまでに1週間、その後の翻訳と関連作業に1週間で、合計2週間程度あれば投稿までたどり着くことができるだろう。</p>

<p>まだレフリーとの闘いをしていないのでなんとも言えないが、これくらい英語論文を書く敷居が下がったというのは本当にありがたいことだと思う。</p>

<p>＊</p>

<p>以前の記事でもほんの少しだけ触れたが、今回投稿する論文は、日本国内で50年以上、現在も多額の税金を投じて対策が講じられているとある病虫害に対して、そのメカニズムと対策へ新たな視点を与えるものである。</p>

<p>根本的に新たな視点を提示するというのは、つまるところ既存の対策に足りない点があることを指摘することに等しい。これは、実務的にはこれまでの税金の使い途が間違っていたことを意味し、そのために、定説から大きく外れる主張として厳しい批判（政治的圧力）もしくは無視が想定される。現に、共著者が先に投稿した別の関連論文では、既にそういった不当な査読があったそうである。そのため、公正な審査が国内では困難であることから、今回は頑張って慣れない英語で論文を書いてきた。著者からの査読者の推薦（Suggested reviewers）も、日本以外の研究者をお願いしている。</p>

<p>まるでフィクションのような話であるが、私にとっては味方も敵も皆知り合いしかいなくて、頭を抱えてしまう。たとえ法人化されていても、国研の研究者やそのOBは霞ヶ関を忖度しなければいけないのだろうか。</p>

<p>でも、政治的な都合とかどうでもいいから、野外で実際に起きている現象が全てであるはず。それが定説で説明できないなら、他に一番合理的に説明できる仮説を早く実証して、それをなるべく早く実用可能な技術にまで落とし込むのが本来のあり方でしょう。そうでなければ、現場で実務にあたる方々に申し訳が立たない。</p>

<p>昨年11月にnoteで「チ。ー地球の運動についてー」の<a href="../2024/2024-11-02-orb.md">感想</a>を記事にしたとき、最後に組織や社会にとって都合の悪い真実を暴く難しさに言及した。これを述べたのは、私自身がこういう問題に切実に直面しているからだったのだ。…という伏線回収を、ここでひっそりと済ませておくのでした。。</p>

<p>2025/02/24</p>

<hr />
<p><br /></p>

<h2 id="消せない希死念慮とこの世に残さないといけないもの">消せない希死念慮とこの世に残さないといけないもの</h2>

<p>論文の投稿期限がかなり迫っている中、執筆のモチベーションが思うように高まらず進まない。主には冬場の冬季うつが影響しているのだろうと思う。</p>

<p>机に向かってもやる気が出ず、つらい。本当につらい。常に自分の気持ちの根底に燻り続けている希死念慮の渦に押し流されてしまえばいっそ楽になれるのに。</p>

<p>しかし、今論文にしようとしていること、そしてその先にさらに進めたい研究は、自分の人生がこのためにあったと言っても過言ではない、重大な問題の解決につながるものだと信じている。知って託されてしまったことは重い。この、一連の問題を解決するまでは、自分は死ねない。</p>

<p>自分はずっと子供の頃から研究者になることに憧れていたが、つい最近ですら、研究者になって何をしたいかは漠然としていたのではないかと思う。だけど、今は違う。研究職のポストにしがみつきたいという気持ちよりも、未解決の問題を早く解決するために実験したいという気持ちが強い。この気持ちとアイディアはきっと間違っていない。この思いが続く限りは、私は心を折られずに研究を続けられるはずだと思う。</p>

<p>2025/01/19</p>

<hr />
<p><br /></p>

<h2 id="年始1週間を乗り越えた">年始1週間を乗り越えた</h2>

<p>今年は月曜日が仕事始めで、1週間がとにかく長かった。</p>

<p>うちの職場は、世間と比べてかなり早い時期に年度末の繁忙期が訪れる。これは、2月頃にその年度の研究成果の評価を受けたり報告書の類いを取りまとめる行事が集中しているので、それに間に合わせるため。そういうわけで、今週は前者の外部評価のための資料の締め切り、週後半は講師業務で出張という感じで、かなり余裕のない1週間を過ごした。</p>

<p>自分が持っている研究予算は、うちの組織では（競争資金でないという意味で）通常枠のかなり少額のものなのだが、それでも毎年この時期に進捗を外部の有識者に諮るため、報告書とプレゼン資料の作成に追われる。少額すぎて、県内移動ですら高速道路料金が不足して一般道で出かけているというのだが……。</p>

<p>今年度は実験の繁忙期と研究会運営が重なってしまいろくに新たな成果が得られていないので、如何にそれっぽい成果のようなものを見せるかという、あまり本質的でない作業を強いられたのでやる気を保つのが大変だった。それでもなんとか締め切りまでに体裁を整えて提出を終えた。</p>

<p>個人的には、提出期限がかなり迫っている論文の原稿を毎日少しでも早く進めたいところである。今週、これらの事務仕事をしている合間も共著者先生から何度も連絡があり、それが有り難くも良いペースメーカーになってくれている。それがないと、事務仕事で押し流されて論文にまで気が回らなくなりそう。3連休は久しぶりに落ち着いて作業に専念できる。</p>

<p>2025/01/10</p>

<hr />
<p><br /></p>

<h2 id="2025年の抱負">2025年の抱負</h2>

<p>今年は、自分の努力でどうにかなることもそうでないことも、節目となる出来事が多い一年となると思う。</p>

<p>まずは自分の努力でどうにかなることとして、仕事での直近3年間の成果を論文で出し切ることを最優先でやる。あとはプライベートでやっている2題の研究もそれぞれ論文や報文に仕上げていきたい。特に休学にして止まったままになっている博士課程での研究は、いい加減に終わらせる道筋をつけなければならない。休学期間を含めた在学年限も結構ギリギリになっているので、頭の痛いことではあるが、春までに方針を決めておかねば。趣味でやっている昆虫分類の仕事も、気分転換の意味でも定期的に外に採集に出かけたい。こちらは昨年に引き続き、県レッドリストの改訂に反映してもらえるような記録を得るのが目標。</p>

<p>自分でどうにもできないこととして、今年の春の人事異動が懸念材料である。最近の自分の周囲の動向を見ていると、今年の春に他部署（非研究職）へ異動する可能性がそこそこ考えられる。一応、3年で異動になることも想定して、自宅に中古顕微鏡などの設備はひと通り揃えてきたので、異動になっても在野で充分やりたいことは続けられるようになっている。むしろ、人材の継続性という面で職場側の方が困るのだろうと思うが、人事の考えていることはよくわからない。異動の可能性も考慮して、これだけは、という成果は論文化を急いでいる。</p>

<p>逆に今年も引き続き研究職に残留になれば、ある程度先まで落ち着いて在籍できる可能性が高まる。そうだとしても、今書いている論文が業界的に物議を醸すものであるので、異なる方面での困難が予想されるので気を強く持たねばと思う。</p>

<p>三浦しをんが辞書編集者を描いた小説「舟を編む」を以前読んだが、途中で仲間が一人、また一人と減っていく中、不遇に見舞われながらも淡々と出版に向けた作業を続けている主人公が非常に印象に残っている（個人的には実写映画版が一番好き）。自分も身近な仲間が毎年一人また一人と転出し続けていて、さらに研究以外の雑務が増える一方という状況で明るい将来というものがあまり見通せないので、一人きりでも淡々と手を動かし続けられるような気持ちの強さを身につけられたらとも思う。</p>

<p>2025/01/03</p>]]></content><author><name></name></author><category term="diary" /><summary type="html"><![CDATA[2025年のつれづれ。]]></summary></entry><entry><title type="html">『チ。 ―地球の運動について―』から思うこと</title><link href="/2024/11/02/orb.html" rel="alternate" type="text/html" title="『チ。 ―地球の運動について―』から思うこと" /><published>2024-11-02T00:00:00+00:00</published><updated>2024-11-02T00:00:00+00:00</updated><id>/2024/11/02/orb</id><content type="html" xml:base="/2024/11/02/orb.html"><![CDATA[<p>今年の秋アニメで何となくタイトルだけは目に付いていた『チ。 ―地球の運動について―』ですが、ふと予告編を目にする機会があり、テーマに惹かれて原作の漫画全8巻を一気読みした。そしてこの作品のメッセージ性に、強く強く惹かれた。</p>

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<p><br /></p>
<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/EBosY5GPpfw?si=VrVheE5nXcmn8dZC" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen=""></iframe>
<p><br /></p>

<p>アニメは現在放送中で、どのように物語が（原作に沿うにせよ）進んでいくかはこれからであるけれど、原作を読み切った熱量が失われないうちに、思いついたことを書き連ねておこうと思う。</p>

<p>なお全巻を読んでの感想のため、物語の中身そのものには深く触れてはいないけど、絶対にネタバレしたくないという方はご注意を。</p>

<h4 id="研究は好奇心で突き動かされて前に進む">研究は「好奇心」で突き動かされて前に進む</h4>

<p>自分も仕事・在野の両方で研究に関わっていている身なので、何よりも、新しい知見・アイディア・ものの見方が手に入りそうという予感を感じたときの、そのわくわくそわそわした感覚や好奇心が、一番たまらなく興奮する。</p>

<p>それが<strong>社会的に何の役に立つなどそんなことはどうでも良い</strong>し、そんなことで身を縛られるなど最低最悪でクソであると思う。</p>

<p>本作は、この好奇心というものの強さをリアルに描いていて鳥肌が立つ。</p>

<p>本作3巻には、当時の中世ヨーロッパでは研究者として名を残すことができなかったであろう女性ヨレンタが、地動説の確立に貢献した一人として登場する。</p>

<p>私がこの作品を通じて最も好きな言葉は、このヨレンタが地動説をめぐる設問に初めて触れたときの、この言葉である。</p>

<div class="language-plaintext highlighter-rouge"><div class="highlight"><pre class="highlight"><code>でも悪いとかどうでもいいから、アレの答えが気になる。
</code></pre></div></div>
<p>–『チ。 ―地球の運動について―』第3巻</p>

<p>アレとは、地動説を解き明かすために必要な惑星軌道に関して記述された設問である。</p>

<p>何かの・誰かの役に立つとか、自分の名誉や地位のためとか、そんなことから無関係だけど、知りたくて知りたくて、他の何もかもを放り投げて謎に取り憑かれること、ありませんか。…ないですか。</p>

<p>……まあともかく、ここまでにリアルすぎるくらいに、言葉で、表情で、研究者心理を表現しているのはすさまじい。これを人は衝動とか憑依とかいろんな表現をするけれども、私は「呪い」だと思う。</p>

<p>一度目にしたら解き明かさずにはいられない、強い強い呪い。</p>

<p>「呪い」と表現したけど、一生を捧げるくらいの謎に出会えた人生は、たとえそのために多くの苦難があったとしても、幸せなものだろう。その謎のどこか一部分まででも解き明かして後世に伝えるまでは死ねない、という気持ちって、すごく生きる支えになるだろうから。</p>

<p>そして、そういう謎は、なぜかしらないけど偶然出会うべくして出会うというか、運命じみたものがあるんじゃないかとも思う。知らんけど。</p>

<h4 id="意思を仮説を信念を受け継ぐこと">意思を、仮説を、信念を「受け継ぐ」こと</h4>

<p>本作を貫くテーマでもう一つ好きなところは、登場人物が次の登場人物へと地動説を「託して」いくことであろう。地動説を受け継いだ3人目の登場人物であるオクジーは次のように語っている。</p>

<p>少々長いが、本質を突いた言葉なので丁寧に引用しよう。</p>

<div class="language-plaintext highlighter-rouge"><div class="highlight"><pre class="highlight"><code>『自らが間違っている可能性』を肯定する姿勢が、学術とか研究には大切なんじゃないかってことです。

（中略）

あの石箱に関わった二人共。自分以外に託すって姿勢に希望を見いだしてた。

俺はずっとそれが不思議だった。

「託す」とか「任せる」とか一見　聞こえはいいですけど、
実際、他人が自分の思い通りに受け継ぐなんてわからない。
それどころか反論をされる可能性をある訳で、
だから託すなんて不安でとても希望とは思えない。

で…でも、
実は、

寧ろ反論や訂正をされることが託すことの、
本質というか…

自分の思い通りいかない誤解とか事故とか予想外の存在とか、
それこそ…教徒にとって異端者が。

天動説にとって、
地動説が。

そういう他者が引き起こす捩れが、
現状を前に向かわせる希望なのかもしれない。
</code></pre></div></div>
<p>–『チ。 ―地球の運動について―』第4巻</p>

<p>この3巻〜4巻にかけては、先述したヨレンタが文字を読み書きできる素晴らしさを「奇蹟」という言葉で表現している。文字は、時代や空間を超越できると。</p>

<p>オクジーのこの言葉は、ヨレンタに文字を習ったことでたどり着いた考えである（だけど、文字を習っただけで、ここまで内省的に考えられるのって凄すぎるよね…）。</p>

<p><br /></p>

<p>在野研究者が研究姿勢やノウハウを寄せ集めた名著「在野研究ビギナーズ—勝手にはじめる研究生活」でも、著者の一人である工藤郁子氏は論文を読む喜びについて、「僕は友達がいる別の世に」というタイトルとともに次のように述べている。</p>

<blockquote>
  <p>“諸外国の研究者や数世紀前の泰斗と、論文を介してコミュニケーションできるのも好ましい。時空を超えて、同じ研究関心を持っていたらしいと知ると、心震える。人によっては、これこそが研究の醍醐味だという。そして、先人たちの積み重ねのおかげで、「巨人の肩の上」に立ち、一人では到達できないはるか彼方まで見渡せる。だから、何度でも栞のノブを掴む。”
–「在野研究ビギナーズ—勝手にはじめる研究生活」</p>
</blockquote>

<p>我々研究者は、論文を書くことで、業績を積み、査読を通じて他者の評価を受け、後世に成果を再現可能な形で残すことが義務づけられている。しかしそうした義務であること以上に、後世に自分の意思を託すことができる希望であることを、思い出させてくれた。</p>

<p>もちろんこれは学術に限らない。ヨルシカのn-buna氏と「チ。」作者の魚豊氏との対談でも、文字を使うということ、表現をすることについて、先人からの蓄積であるとして、もっと普遍的な議論がされていて興味深かった。話題が逸れるので、ここでは<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/B0DGL6BKY1">本の紹介</a>にとどめておくことにしたい。</p>

<h4 id="数十年後あるいはもっと先のいつか誰かへ">数十年後（あるいはもっと先の）いつか、誰かへ</h4>

<p>いろんな人が言うことだけど、研究テーマというものは二つに分けられて、一つは自分がやらなくてもいずれ近いうちに誰かがやるであろうテーマ、もう一つは自分以外がやらなければ少なくとも残り数十年は放置されるであろうテーマである。</p>

<p>私は仕事では前者のような研究もやるけれど、どちらかと言えば好きなのは後者のような研究だ。そういった研究を始めてみると、先行研究はもちろん数十年前の1,2編の論文だけということがざらである。</p>

<p>きっと自分が今調べた結果も、論文にしても次に誰かが真剣に読んでくれるのは早くても数十年後なんだろう。もしかしたら、もっと先の世まで誰にも知られずに図書館の片隅に埋もれてしまうかもしれない。</p>

<p>でもそれでいい。いつか、誰かが必要としてくれたら、その人に自分が先行研究に出会ったときと同じ気持ちを届けることができると信じているから。</p>

<p>この気持ちは私の大好きなブログでも、もっと綺麗な表現で<a href="https://www.ki1tos.com/entry/2020/07/02/205512">記事</a>にまとめられているので紹介しておこうと思う。</p>

<h4 id="現代も闘いは続いている">現代も闘いは続いている</h4>

<p>日本の学術界で、基礎研究への予算配分が足りないことは昔から問題にされてきた。科研費の予算拡充も求める<a href="https://www.change.org/p/日本の未来のために-科学研究費助成事業-科研費-の増額を求めましょう">オンライン署名</a>が行われたことも記憶に新しい。</p>

<p>また、「研究成果の社会実装」という錦の御旗のもと、現代の研究者、特に応用に近い分野では、落ち着いて論文を書いたり技術を吟味する時間を与えられずに成果の発表を求められる。
私も日々、職場では「そんな基礎研究にこれ以上こだわるな」という趣旨の圧力をさまざまな形で受け続けている。しかし、好奇心から始まる基礎研究の知見なくして、その応用となる技術は成り立たない。</p>

<p>生態学者であり、南西諸島のウリミバエ根絶に多大な貢献をした故・伊藤嘉昭博士は、かつて「もっとも基礎的なことがもっとも役に立つ」という言葉を残した。防除対象の害虫についての基礎的な知見の解明と蓄積なくして、防除事業を成功に導くことが不可能だったからだ。</p>

<p>現代日本の研究環境を鑑みると、言及すべきは基礎研究の不遇だけにとどまらない。</p>

<p>地動説が異端として扱われ弾圧されたのは遠い昔の話で、そのことだけに目を向ければこの物語は過去の歴史をモチーフにしたフィクションである。</p>

<p>しかし現代でも、人知れず、組織（あるいは社会）にとって都合の悪い真実を曝こうとしている研究者は必ず存在すると思う。そうした人々にとって、本作に登場する様々な名言は救いを与えるのではないか。</p>

<p>現代に置き換えて考えたときに難しいのは、「社会にとって都合の悪い研究」と「陰謀論」の区別が付きづらくなっているところだろう。この点を作者が次作でテーマとしたのもなるほどと頷ける。</p>

<p>自分にはどうしたら両者を区別できるのか、現時点で結論は出せない。</p>

<p>ただ一つ言えるとしたら、その人の<strong>好奇心</strong>ではないかと思う。</p>

<p>「誰がどうなってもいいから、正しいことを知りたい」と迷いながらも願う気持ちがある限り、人は科学者でいられるのかもしれない。</p>

<p>本作でも、そのような言葉が出てきていたと思う。</p>

<p><br /></p>

<p>最後に。</p>

<p>本作が、自分と同じように、日々、孤独や悩みを抱える研究者（あるいは似た立場の人々）の支えとなることを願います。</p>]]></content><author><name></name></author><category term="thinking" /><category term="recommended_posts" /><summary type="html"><![CDATA[今年の秋アニメで何となくタイトルだけは目に付いていた『チ。 ―地球の運動について―』ですが、ふと予告編を目にする機会があり、テーマに惹かれて原作の漫画全8巻を一気読みした。そしてこの作品のメッセージ性に、強く強く惹かれた。]]></summary></entry><entry><title type="html">高校の校舎の配置が思い出せない</title><link href="/2024/08/04/makein.html" rel="alternate" type="text/html" title="高校の校舎の配置が思い出せない" /><published>2024-08-04T00:00:00+00:00</published><updated>2024-08-04T00:00:00+00:00</updated><id>/2024/08/04/makein</id><content type="html" xml:base="/2024/08/04/makein.html"><![CDATA[<p>最近観ているこのアニメのEDが、平成感にあふれていて心に刺さりまくっています。</p>

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<p><br /></p>
<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/2czbGCYz6gk?si=B6ZoR_gzNdjzqYXb" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen=""></iframe>
<p><br /></p>

<p>愛知県豊橋市の実在する高校をモデルにしてるそうなので、おそらくその高校の校舎が写っているのではないでしょうかね。私は愛知県出身でもないし縁もゆかりもないのだけど、なんなんだこの懐かしさがこみ上げてくる感じ。</p>

<hr />

<p>この動画を見てふと、自分の過ごした高校の校舎には、どこに何があったのだろうかと思い出そうとしてみたのですが、意外と何も思い出せない。なんとなく、渡り廊下があって、屋上があって、確かこの辺が自分の教室だったような……というくらいで。思い出そうにも、母校は卒業後しばらくして合併とともに校舎を建て替えてしまったので、インターネットの海を漁ったところで面影すら残っていないという。</p>

<p>あまりにも気になってきたので、実家から卒業アルバムと文集を持ってきて読み返してみたりしています。どこが何階建てだったかとか、あーこんな部活もあったなあとか、新たに思い出すことはあったものの、やっぱり完全には思い出せないですね。例えば、昇降口がどの建物にあったかとか（昇降口の隣に写真部の部室があったのは思い出せるのに、校舎全体の中での位置関係を思い出せないのはなんでなんだ…）。自分と関係なかった部活の部室になると知らないまま卒業した可能性が高いとしても、毎日使っていた場所くらいは思い出したいものです。</p>]]></content><author><name></name></author><category term="diary" /><category term="anime" /><summary type="html"><![CDATA[最近観ているこのアニメのEDが、平成感にあふれていて心に刺さりまくっています。]]></summary></entry><entry><title type="html">昨年後半から今年前半までのまとめ</title><link href="/2022/08/18/recollection.html" rel="alternate" type="text/html" title="昨年後半から今年前半までのまとめ" /><published>2022-08-18T00:00:00+00:00</published><updated>2022-08-18T00:00:00+00:00</updated><id>/2022/08/18/recollection</id><content type="html" xml:base="/2022/08/18/recollection.html"><![CDATA[<p>ひさしぶりに日記を書きたくなりました。</p>

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<p><br /></p>

<p>日記を書いてなさすぎる…。
ようやく昨年からのいろいろを整理する気持ちになってきたので、書き留めておこうと思う。</p>

<h5 id="博士課程のもろもろ">博士課程のもろもろ</h5>

<p>振り返ると、なかなか思うように進まない3年間だった。自分の怠慢だったり体調の問題だったり色々あるにせよ、当初の予定を超過しているのでなんとかしないといけない…。
研究者という職業において、人と人との関わり方が如何に特殊であるか、それをうまくこなす力が足りなかったことに後悔を抱きつつ、やるべきことを進めないといけないと思って手を付けられずにいる日々である。</p>

<h5 id="職場復帰">職場復帰</h5>

<p>希望が通って、研究関連の部署へ異動する形で復帰しました。</p>]]></content><author><name></name></author><category term="diary" /><summary type="html"><![CDATA[ひさしぶりに日記を書きたくなりました。]]></summary></entry><entry><title type="html">2021年10月 日々の記録</title><link href="/2021/10/18/monthly-diary.html" rel="alternate" type="text/html" title="2021年10月 日々の記録" /><published>2021-10-18T00:00:00+00:00</published><updated>2021-10-18T00:00:00+00:00</updated><id>/2021/10/18/monthly-diary</id><content type="html" xml:base="/2021/10/18/monthly-diary.html"><![CDATA[<p>そろそろ日記を再開したい秋。</p>

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<p><br /></p>

<h5 id="2021-10-18">2021-10-18</h5>

<ul>
  <li>某サイトの管理人おしごとに追われていました。午後から体調があまり良くなくて、早寝（これは10月19日に書いている）。</li>
  <li>最近寝る直前に夜食を食べてそのまま寝てしまう癖が付いてしまって、非常によくないです。治そうと思っていたのに今日もやってしまった。</li>
</ul>

<h5 id="2021-10-17">2021-10-17</h5>

<ul>
  <li>昨日は外で作業したりばたばたして一日を終えました。たまに体を使うと、運動不足が深刻だなぁと感じます。体力の衰え…</li>
  <li>急に寒くなったので、温かいお茶をすすりながら夜ふかし仕事です。やれやれ。</li>
</ul>

<h5 id="2021-10-15">2021-10-15</h5>

<ul>
  <li>用事があるために週末は実家に帰宅。</li>
  <li>諸事情あって空き家になっていた自宅にネット回線を通したので、Wi-Fiルータを設置してきました。ようやくネット環境が整ったので、次は机とか椅子とかを（最悪一部は今の自宅からの持ち込みでも良いので）揃えて作業環境を整えていきたいなぁ。</li>
  <li>今日はいろいろ動けた気がします。寝不足気味なので、今夜もちゃんと寝ないと。おやすみ。</li>
</ul>

<h5 id="2021-10-14">2021-10-14</h5>

<ul>
  <li>またもや日記の更新が止まってしまっていました。この間、書いている時間的・精神的な余裕が全くなかったので。しかし、良くも悪くも時間的な猶予が生まれる公算が高まったので、ひっそりと日記を再開するのです。</li>
  <li>先日、ものすごく久しぶりに美術館に行ってきました。現代美術の企画展でした。わたしは現代に限らず美術全般に疎くて、わかるようなわからないような、なんとなくいいなぁという感覚で観てきたのですが、その中の展示で見つけたクレヨンで描かれた絵日記の暖かい感じがすごく良くて、ああこんな日記を書けるようになりたいなと思ったのでした。絵心はないから、せめてここの文章からそんな雰囲気が出ていたらいいなあと思います。</li>
  <li>大学は後期に入り、緊急事態宣言が明けて通学する機会が増えました。でも、オンラインという選択肢が今も残されているのは有り難いなと感じます。</li>
</ul>]]></content><author><name></name></author><category term="diary" /><summary type="html"><![CDATA[そろそろ日記を再開したい秋。]]></summary></entry><entry><title type="html">2021年5月 日々の記録</title><link href="/2021/05/29/monthly-diary.html" rel="alternate" type="text/html" title="2021年5月 日々の記録" /><published>2021-05-29T00:00:00+00:00</published><updated>2021-05-29T00:00:00+00:00</updated><id>/2021/05/29/monthly-diary</id><content type="html" xml:base="/2021/05/29/monthly-diary.html"><![CDATA[<p>久しぶりに日記を再開します。</p>

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<p><br /></p>

<h5 id="2021-05-29">2021-05-29</h5>

<ul>
  <li>前回の更新から早10日以上経ってしまった。時間の流れがとっても速い。</li>
  <li>初めてNHKの朝ドラを観ている。毎日15分時間を割いて（しかも朝の忙しい時間帯とか昼休みとかに）追いかけ続けるのが億劫でこれまでちゃんと観たことがなかったのだ。今作は畠山重篤氏の「森は海の恋人」をモチーフにしているようだ。自然保護界隈では非常に有名な概念・活動だけど、朝ドラを通じて一般視聴者に届くのは良いことだと思う。この概念や現地の活動には賛否両論あることを聞いているが、自然環境問題はまず関心を持ってもらうことが第一歩だと思うので、そういう意味ではNHKが取り上げた意義は大きいと考える。</li>
  <li>論文の原稿書きは24時間自宅でいつでもできるし、このところ24時間サイクルで生活するメリットを感じなくなっている。かといって夕方に寝ようとすると、仕事終わりの方々からいろんな連絡が届いたりしてけっきょく寝られない。いっそ日中午後に思い切って寝たほうがいいんだろうか。</li>
  <li>この前、フィールドに久しぶりに出かけてきた。野外の勘を取り戻すと生き返る。この夏の遠征は見送ったけど、まぁちょくちょく外には出かけていきたいな。</li>
</ul>

<h5 id="2021-05-18">2021-05-18</h5>

<ul>
  <li>研究室ゼミ@zoom。本日も後輩の発表を聴く。修士の後輩が的確な質問を投げかけているのをみて、自分はなぜ些末なコメントしか思いつけないのだろうかと毎度凹む。先週もそれを強く感じてネガティブな気持ちになったのだけど、今日は不思議とそこまで凹むことはなかった。</li>
  <li>順番は前後するが、朝起きてものすごく体がだるく、ゼミもテキトーな理由をつけて休もうかと思ったけど、どうにかシャワーを浴びてデスクについて午前中を乗り切った。今日は午後から思いっきり寝よう。今月末までにやることが多すぎて洒落にならない状態なので、そろそろ本気を出す。</li>
  <li>前段でそう言いつつあれなのだけど、アニメ版「図書館戦争」を観返し始めた。自分が就活をしていたとき、社会とは、正義とは、と考えるヒントになった作品の一つである。もちろん原作もスピンオフも含めて全巻読んだ（レインツリーの国だけは未読）。現実で正義を貫くことは難しいけれど（そもそも正義とは何なのか？）、初心を思い出したくなっている。</li>
  <li>昨年コロナ禍で流れた夏のフィールドワークのお誘いが届いた。運動不足なのが心配だけど参加しようかなぁ。</li>
</ul>

<h5 id="2021-05-16">2021-05-16</h5>

<ul>
  <li>このサイトのリポジトリ名を変えたりしたので、更新テストも兼ねて久しぶりに日記を書こうと思う。普段の進捗は芳しくないし（いい加減、査読論文を直して再提出したい）、サイトを作り直すハードルのために更新を止めてしまうよりも、ここで何かしら文章を毎日書く訓練をしたほうがよいと思い直した。</li>
  <li>博論の構成を考えて進めないといけない。仕事をしていた頃、あるいは新卒で就職を決めた頃に世の中はかくあるべきと思っていたことに、実際に近づいてみたら中々そう理想どおりにはいかないということに気付いて、それをもっと根本的なところから解決できなかろうかと悩んで進んだのが今の進路なわけなのだけど。漠然としているし博論として言えることには限りはあるけれど、何かしら新しいことを言えるようになりたいものである。</li>
</ul>]]></content><author><name></name></author><category term="diary" /><summary type="html"><![CDATA[久しぶりに日記を再開します。]]></summary></entry><entry><title type="html">2020年の振り返り</title><link href="/2020/12/31/recollection2020.html" rel="alternate" type="text/html" title="2020年の振り返り" /><published>2020-12-31T00:00:00+00:00</published><updated>2020-12-31T00:00:00+00:00</updated><id>/2020/12/31/--recollection2020</id><content type="html" xml:base="/2020/12/31/recollection2020.html"><![CDATA[<p>しばらくブログを更新しないうちに年の瀬を迎えてしまいました。</p>

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<p>1週間ほど前にようやく1本めの論文を投稿して、一区切りがつきました。これだけは本当に最低限年内に終わらせたかったので、ちょっと安心して年を越せそう。</p>

<p>思えば、論文と名前のつく文章をしっかり自力で仕上げきるのは、本当に久しぶりなのです。自分が述べている事柄について、どこまでが既知でどこからが既知なのかをはっきりさせたり、一点も曖昧な言葉を使わずに説明したりするのは大変に骨が折れる（というか面倒くさい）もので、なんというか面倒臭さから逃げないことが大事なのでしょうね。</p>

<p>今年はひたすら論文執筆をしつつだらだらと過ごす1年だったような気がします。本当は野外調査をふんだんに進めたかったのだけど、コロナ禍で外出自粛が続き調査シーズンを逃してしまいました。博士課程に進学した一番大きな動機が「野外調査と論文執筆にまとまった時間をとりたい」ということだったのだけど、野外調査は叶うことなく3年を終わることになりそうです。来年も少しはできるとはいえ、D3の夏となるとD論をまとめることに注力するはずなので。</p>

<p>野外調査が十分にできなかった点を除けば、その他の生活はあまり変わらない日々でした。むしろ、自宅の研究環境を改善したりオンラインでの研究活動がメインになったことは自分にとっては過ごしやすいものだったので、差し引きではさほど大きくマイナスにはならなったと思います。</p>

<p>来年はいよいよ博論執筆の年なので、心身を健康に保ちながら、1本でも多くの業績が出せるように過ごしたいなと思います。</p>]]></content><author><name></name></author><category term="diary" /><summary type="html"><![CDATA[しばらくブログを更新しないうちに年の瀬を迎えてしまいました。]]></summary></entry><entry><title type="html">08 XII 2020</title><link href="/2020/12/08/20201208.html" rel="alternate" type="text/html" title="08 XII 2020" /><published>2020-12-08T00:00:00+00:00</published><updated>2020-12-08T00:00:00+00:00</updated><id>/2020/12/08/--20201208</id><content type="html" xml:base="/2020/12/08/20201208.html"><![CDATA[<!--more-->

<h2 id="ひたすら論文執筆">ひたすら論文執筆</h2>

<p>先週から引き続き、起きた瞬間から寝る直前まで論文原稿と向き合う日々が続いています。</p>

<p>週末にオンラインで会合があったのと、それに加えて1週間の疲れがどっと出たのか、日〜月曜は寝込み気味でした。今日からはまた頭を研究モードに切り替えて、日中はAppendixと図表の再修正。細かな体裁を整えていくと、いよいよこれが投稿されるのだなと実感が湧きます。</p>

<p>本文の修正は、夜中まで頭を煮詰めて煮詰めて、これ以上考えられないくらい悩んだあとに寝ると、翌朝の起床後1時間であっさりと進んでしまうことに最近気が付きました。先週末からの詰まりポイントをなかなか解消できないでいるので、今夜もその作戦で。おやすみなさい。</p>]]></content><author><name></name></author><category term="diary" /><summary type="html"><![CDATA[]]></summary></entry><entry><title type="html">03 XII 2020</title><link href="/2020/12/03/20201203.html" rel="alternate" type="text/html" title="03 XII 2020" /><published>2020-12-03T00:00:00+00:00</published><updated>2020-12-03T00:00:00+00:00</updated><id>/2020/12/03/--20201203</id><content type="html" xml:base="/2020/12/03/20201203.html"><![CDATA[<!--more-->

<h2 id="論文執筆">論文執筆</h2>

<p>今週は、たぶん自分史上ベスト3には入るであろう集中力がずっと続いています。やっぱり、ねんどろいどを机に置いた効果は大きかったのか…。勢いでつい、恋する小惑星の木ノ幡みらのねんどろも買っちゃったのだけど、原稿の真横に常にキラキラした瞳がたたずんでいるのは、目と心の癒やしにもなってとても良いです。なんでもっと早くに気づかなかったのか。</p>

<p>最初は書いてても焦る気持ちばかりだったのだけど、筆がノッてくると、自分の意識にもなかったようなアイディアが次々と文章になって出てきて、なんだかとても不思議な感覚です。最初の頃の駄文がカッチリとした論理構成に組み直されたから、自分でもこういう文章が書けるんだなぁ……としみじみ思ったりもします（書けなきゃ学位は取れないわけだが）。明日からいよいよ結果と考察の修正に入るので、この勢いのまま走り抜けたいなぁ。</p>

<p>めんどうなのと、htmlのmetaタグをいじれていないので、新ブログへのこの記事以降の投稿はまた今度、まとめて処理します。それでは。</p>]]></content><author><name></name></author><category term="diary" /><summary type="html"><![CDATA[]]></summary></entry></feed>